メッセージ

元 日本産婦人科医会会長坂元 正一

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私は、君達が無事に生まれてくるようお手伝い をするのを天職としているお医者さんの一人です。
真夜中でも、暁方でも、沢山の誕生を手伝って 来ました。眠くない?って聞くかもしれません。
何時間もお母さんに付添って緊張しているし、 君達の誇らしげな産声を聞き、また一つの生命の 誕生に立ち会えたことが嬉しくて眼がパッチリに なってしまうのです。君達に贈る言葉を書いてほ しいと頼まれて、今書いているのですが、誰に賜 られるのか、君達が幾つになったら読んで貰える のか私には想像も尽かないのです。
何時の日か、君達が生まれた時に、こんなプレゼントを書いて くれた人がいたんだと思ってくれれば、私は嬉し いと思うでしょう。

私は、生まれてすぐ軽く拭った赤ちゃんを、 じかにお母さんに抱かせてあげることをよくした ものです。だれもが抱きあげ、見つめ、抱きしめ る。おっぱいを探しながら身を任せきったその重 みを味わい、マシュマロのようなほっぺや手がお 母さんの顔に触れた瞬間、露のように透き通った 一滴の涙が頬を伝わるのを見なかったことはあり ません。傍らについているお父さんも同じ思いな のは見ている私にはよくわかります。何の代償も 求めない純粋な表情の凝集。こんなにも待ち焦が れていた君の誕生。幸福な君の顔がうるんで来る程、それは傍らにいる私にさえも熱い思いを強い るほどのものでした。この瞬間から最も身近な愛 情として、お母さんのそれは、一生君を包んでく れます。

私が、「母の日」になって何時も思い出すのは、 アカデミー賞映画「My left foot」です。
脳性小児麻痺で左足しか動かせないアイルランド の詩人、画家でもあるダニエル・デイ・ルイスの 実話を映画にしたものです。多人数の貧しい一家 に生まれた彼は、とても育たないと無視され、兄 弟たちが遊び勉強しているのを部屋の片隅で転が って聞いているしかありません。
母親だけが「皆同じように私が生んだ子よ」と 必死に育てます。やがて育った彼が、はじめて左 足指にチョークを挟んで床に書いた文字はmother (お母さん)でした。彼女の子どもを励ます言葉は、 「I am your heart」日本で公開になった画面上 の字幕では「人は心なんだよ」となっていました が、私の耳にした英語の言葉は、でした。君たち が英語を習って自分で読んだほうがいいと思うの で訳すことはしません。母親であるからこそ、いや、母親でなければ言えなかった強い愛の言葉で す。その愛と命の大切さを、ある人が言いました。 「母の日は一年に三日ある」と。答えは、それぞ れに考えて下さい。お父さんはどうでしょう。男 の人は、誕生の瞬間の喜びとは裏はらに、愛情の 表情は意外にはにかみやで、上手な表現は下手な ものです。君たちがやがて大きくなって独立して ゆく時、おしなべて言うならお父さんの愛情は、 「いざと云う時の決断力」という形で君達の心の 中に根付いていることに気付くでしょう。

新しい生命をさずかった君たちへ。自分で読め るようになったら知ってほしいことを書いておき ます。君達はお母さんのお腹の中に宿った時、本 当はお母さんと同い年で、或る意味では育てられ たと言ってもいいけれども、自然ににお母さんにそ うしてもらうようにしたのも、誰にも頼らずに自 立して生きた10ヶ月(40週)があったからだ と云うことを知ってほしいと思います。青年期に なって自然に学び、甘えっぱなしでない独立した 生き方が出来る芯の強さは、こんな小さなときに 既に経験していたのです。

私が、「母の日」になって何時も思い出すのは、 生まれてからの君達は、育てられこそしたけれ ども、自分で学び体で覚えたことによって、君 達自身の「生命」が支えられ、又、お友達とも お互い支えあっているのです。君達は大人に向 かってよく聞くね。「どうして?」。三回続け て「どうして?」って聞かれると誰も答えられなくなってしまうのを見ると、どんなに子供の 質問が深いものかを知り、何という知識欲かと感心してしまいます。ある偉い人が云いました 「重要な質問を発することなくして真実の探求 は前進しない。」今は分からなくてもかまいま せん。意味が判るようになったら考えて下さるように宿題にしておきましょう。知恵と同じよ うに子供の時はとても正義感が強いし、意外に、どの子も物を知っていることにびっくりするこ とがあります。

これは神様がそうなさったんだから仕方がないんだけれど、身体の不自由な子供や皮膚の色 が違った子供、いろんな子供がいますよね。でも考えてごらん、その皮膚の下を流れる血の色 は同じ真っ赤だし、心は全く自由で同じでしょう!?
子供はとても正義感が強いと書きましたが、それは、みんなけがれのない子供たちは、キラ リと光る宝石のようなきれいな心を持っていて、その心で世の中の事を見ているからなんです。 みんなの知っている広い心の底に、生まれた時、必ずその宝石をもっていると云ったほうが判り やすいかもしれません。小さくても、それは幸福な未来を作る凄い夢を持ってキラキラしてい る宝石なんです。大人は忙しすぎて、その宝石を持っていることを忘れがちなんだけれども、 君達は絶対に忘れちゃ駄目、きっとだよ。

今は難しくて説明してあげられないけれども、「生きている」「いのちがそこにある」「誰も が同じ価値のあるいのちを持っている」ということは本当に奇跡と言っていい位大切なことだ し、意味のあることなのです。「いのち」は生まれかわれば永遠に続いていくけれども、一人 が生きられる年齢は決められています。永遠のいのちに比べれば、寿命は決められていて僅か なものでしかないのです。ほんとは、喧嘩なんかしている暇なんてないんです。だから仲良く しようよ。本当に仲のいい友達ができたら、それには長い時間がかかるように思えても、とて も足りないと思うに違いないと私は信じています。少し長くお喋りをし過ぎました。
「心から愛せる”かけがえのないもの”を持ち続けて下さい。君の生命のある限り。」私の願 いを書き残して、今は「さようなら」と申しましょう。何時か何処かで、ひょっとしてお会い 出来ることを祈りつつ。

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