ひまわり対談
第13回対談 松浦晃一郎さん(日仏会館理事長)

野田聖子(以下、野田):
ひまわりの会は、生きる上で何が重要な活動かと考えた時に、とにかく妊婦さんを応援しようじゃないというところから始まりました。まず最初は母子手帳にお花の種を付けまして「応援していますよ!」というメッセージを贈るところから始まりました。

今の時代、まだまだ妊娠した女性は社会の中でも疎外感を覚えています。そんな中で、そんなことはないよ、社会の側も妊婦さんを応援しているよということをアピールしようと取り組んでいたんですけど、最近では年間100万人以上の妊婦さんに、母子手帳交付時にマタニティマークのシールを差し上げて、ご自分とお子さんの身を守って下さいと言う活動に取り組んでおります。

当会のホームページを見てくださる若い女性もいらっしゃいますし、本日は、世界中を廻って活躍されている松浦理事長にお話を伺いたいと思います。

母親の役割の一つに子どもをしっかり育てて教育するということがありますが、少子化が日本では顕著であり極めて深刻です。一方フランスでは子どもの人口が増加傾向にあります。日本は極端な少子化傾向にあって100年以内に人口が3,000万人台になると言われています。そういう事を踏まえて、色々なご示唆をいただきながら、若い人たちにも希望が持てるようなお話を聞かせて頂きたく思います。

松浦晃一郎さん(以下、敬称略):
野田先生が書かれている文章は拝見しております。座談会でも少子化問題に絞ってお話になっているのも読ませて頂きました。先日の日経ビジネスの記事も読ませて頂きましたが、ここで野田先生が積極的に言われていることは、一人の日本人男性として大賛成です。

私はフランス大使として5年半、ユネスコ事務局長として10年、ユネスコ本部はパリに在ったので、合わせて15年半フランスに居ました。フランス社会と日本社会を比較するには良いチャンスを得られたと思います。勿論、フランス社会にも良い面、悪い面、双方があり、日本にも良い部分があります。ただ少子化対策において、フランスはやはり先進国ではあります。

野田:
本日是非お伺いしたかったのですが、少子化対策の優等生は欧米で言うとフランスとアメリカです。ただアプローチは全く違っていて、アメリカは少子化対策と言うのが全くないのです。移民をどんどん入れて人口増になっていますが、フランスは明確に少子化対策を謳って奇跡のV字回復を果たしています。制度を抜本改革して人口を増やした。

では、日本と言う国家はフランスとアメリカの取り組みのどちらの方に親近感が湧くかと言うと、遥かにフランスの取り組みです。そこでフランスを目の当たりにご覧になって来た松浦理事長に、お話をお伺いしたいのですが。

松浦:
実は11月12日に日仏会館で「フランス女性は何故結婚しないで子どもを産むか」と言うテーマで女性中心にお話しをします。フランス社会と日本社会を比較して、「フランス社会ではこういう事をしたからフランス女性が子どもを産むようになったのですよ」と言う内容です。フランスでも女性の晩婚化、未婚化が進んでいるのは確かです。しかし女性の一人当たりの平均出生率は日本の1.3人に対し、フランスは2.1人です。どうしてかと言うと、婚外子(結婚しないで子どもを産むこと)で生まれた子どもが過去40%から50%を超え2010年には54.5%で、今ではこれが主流です、未婚の女性が結婚して子供を産むという意識ではなく、フランス語でパックス(事実婚)と呼ばれる、結婚しなくても子どもを産める制度を認める法律を、1996年に通したのです。

民法に基づく結婚とパックスの比重を比較して最近ではパックスの比重が高くなってきており、それにより生まれてくる子どもも増えてきている。2010年では4対3になっている、民法による結婚によって生まれた子どもが4、パックスで生まれた子どもが3と殆ど拮抗しています。近い将来5対5になるのではないでしょうか。両者の明確な違いとしては、法律上結婚していませんから、例えば税法上も独立の個人として扱われる。子どもはどちらかの籍に入れることになります。

では何故この様な制度での出産が増えてきたかと言うと、フランスのモラルが時代とともにリニューアルされてきたからです。とくに1968年の5月事件で、学生運動がドゴール退陣へと繋がり、それをきっかけに一気に女性の社会進出が始まり女性の地位が向上した。フランスは過去宮廷文化の国で、貴族と庶民の格差はかなりあった。ところが新興階級が力を付けてきて宮廷文化が庶民に解放されてきた。そういう動きが社会全体に広がってきたということです。

結婚と言うのは女性が旧姓を捨てて男性に吸収されると言うイメージがあり、これは完全な男女平等ではない。籍を入れないで互いが法的に平等であれば女性も単独で生活を支えることが出来る。そして男性に頼らなくても生活ができるようになった。実際に結婚しないで二人で住んで、意見が合わなければ別れればよい、と言う考え方がフランスでは普通なのです。

野田:
戦後のスタートは、日本とフランスはとても似ていたのに、日本の制度改革が遅々として進まなかったのが少子化の所以と言うのが感じられます。

松浦:
それともう一つ、女性の人権を主体化する点からいって、私が好きでは無いのが「シングルマザー」という言葉です。フランス語ではメールセリバテール(独身の母親)と言う言葉がありますが、アメリカでもフランスでもこういう言葉は普段使わないですよ。女性が子どもを持つというのは、持ちたい人が持つと言うのが当然の事で、法律で結婚していようがパックスで産もうが単独であろうが、その人の権利である。それを日本ではわざわざシングルマザーと言いますが、これは一種の差別用語だと思います。

野田:
フランスで言うパックスという事実婚は、日本では、法律を守らないふしだらな人間がすることだというイメージがまだ根強く残っている。そうはいっても事実婚は増えています。ただし、子どもがいない。

松浦:
どうしてですか?

野田:
法律上の差別が生じるからです。(非嫡出子の制限)

松浦:
日本の法律をいろいろ変えて頂きたいのですが、人工授精もフランスはフランスで規制していますが、日本の人工受精の法律は厳しすぎますね。

野田:
日本では真面目な議論はしていないです。

松浦:
世界の流れに逆行していますね。ところで最近は毎年生まれる赤ちゃんが110万人とも言われていますが、終戦直後は270万人もいました。ところが今は堕胎が例外的にしろ30万人も認められている。こういう人達が様々なケースのもとで、今のような社会の在り方があるから、モラルの持ち方を変えたからと言って一気に堕胎がやめられない。独身女性が子どもを産みやすい環境を作る、子どもの命を大事にする、これ無くして少子化対策は不可能です。

野田:
これだけ日本は自殺が多い国で、命を大切にしようと叫ぶ傍ら、妊娠した未婚の若い人に大人が簡単に堕胎を勧めてしまう、命の大切さを若い人に教えていない。欧米のように産まれてくる命を最優先にして、産みたくない人は別にしても、若くて子どもを授かった産みたい人の意思を国が尊重してあげることが、少子化に歯止めをかけることになると思います。

松浦:
フランスでは堕胎という手段が乱用されていません。

野田:
日本では子どもがラベリングされている。普通の夫婦で自然に生まれた子どもがAランク、それ以外はB、Cなのです。そういう発想から変えていかないと少子化対策は出来ない。それには国民への教育が必要だと思う。日本では教育というのは学歴を得ることだと勘違いしている、良い大学に入れるのが教育であると履き違えている。本当の教育とは、人間としての教養、社会常識、他人への思いやりとか、それがベースとなっていろいろな知識が生かされて行かなければいけない。

松浦:
世界は動いています、世の中は変わってきています。ユネスコの局長就任演説では、二つの日本の言葉を引用しました。

一つは「和」であります。特にフランスではグループでの行動が下手で、皆で一致して協力してやらない。個人個人が我も我もとやるところがあって、協調行動や団体行動をとるのが下手なのです。そこで「和」が重要であるということ。

もう一つは、「不易流行」という言葉です。「不易」とは変わらないこと、「流行」は変わっていくということ。ユネスコも基本的な精神は変わっていないけれども、時代に合わせて変わるべき点は変わらなければいけない、そこをしっかり識別しなければいけない。

当然ですが、日本社会も、物事を何から何まで変えなければいけないというのではなく、世の中の流れで変えるべきものは変えていかなければいけない。

野田:
理事長の培われたご経験から、これからの子どもたちにとって必要な教育とは何か、幾つか取り上げて頂きたいです。

松浦:
我々の時代は受験地獄で、かなり早い段階で自分の人生を決めなければいけなかった。大学に入る段階で進路を決めなければならず、なおかつ終身雇用が当たり前だった。でも、今の時代は一回就職しても、いやだと言うのであれば転職すれば良い。そういう変化はあります。ただ、私がいつも強調して言っているのは、社会問題を国際的な視点で捉え、周りと議論した末に自分の確固たる考えを持つことが大事だということです。アメリカの大学教育の在り方はディスカッションが中心です。

野田:
これからの子供たちは世界の中で生きて行かなければなりません。色々な意味で、日本の中では限界がきている。

松浦:
日本が国際社会で現在の地位を獲得したのも、地道な国際交流を進めたからです。これからを展望すれば、まず少子化をしっかりやっていただいて、教育のトレンドも変わって欲しい。一人ひとりが国際的な見識を持ってほしい。

野田:
若い人たちにアジアの国々に対する差別意識が残っているのは残念です。

松浦:
アフリカの人達は、終戦後早急に近代化した日本をモデルとして考えています。そこで、日本政府が南スーダンにPKOで自衛隊を派遣したことは大変嬉しいニュースです。日本がアフリカの国作りを助けてあげることが出来る。日本の若者も内向きにばかりなるのではなく、もっと外に目を向けるようになって欲しい。

野田:
今後の日本の若者の目標となるような、何か良いキャッチコピーは在りますか?

松浦:
月並みですが「世界の中の日本を目指してほしい」ですね。


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